第12章 伊勢の神宮
日本民族の総氏神さま
 3.皇大神宮(こうたいじんぐう)(内宮、ないくう)



 皇大神宮(こうたいじんぐう)は、内宮(ないくう)と呼ばれています。

御祭神は皇室の御祖神(みおやがみ)であり、また、私たち日本民族の大御祖(おおみおや)の神でもある天照大御神(あまてらすおおみかみ)です。

皇孫の葦原中津国(あしはらのなかつくに)への降臨に際して、天照大御神が皇孫にお授けになった八咫鏡(やたのかがみ)に由来します。

天照大御神はこの御鏡を自らの御霊(みたま)として皇孫(天皇)と同じ御殿でまつるように命ぜられました。

 しかし、第10代崇神(すじん)天皇は、その御神威を畏(かしこ)み、皇女によって皇居外の神聖な地を選んでおまつりするようになり、大和の国(奈良県)の笠縫村(かさぬいむら)におまつりしました。

やがてその御社殿でおまつりのご奉仕をしていた豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)が年老いたので、第11代垂仁(すいにん)天皇の皇女である倭姫命(やまとひめのみこと)がそのおつとめをかわりました。

 倭姫命は天照大御神さまがお鎮まりになるのにふさわしい土地を探して諸国を尋ね歩かれました。

宇陀(うだ、奈良県)の篠幡(ささはた)、近江(おうみ)の国(滋賀県)、美濃(みの、岐阜県)と諸国を巡られた末に伊勢の地に入り、現在の地にお鎮まりになりました。

このことは、日本で一番古い歴史書である『日本書紀』に記載されています。

そのなかで「この伊勢の地は、大御神の御心にかなった、最も美しい永遠の宮処としてふさわしい場所であると、天照大神のお告げがあった」と書かれています。

今から2,000年前のことです。

 そこで倭姫命は、この地に御社殿を建てて天照大御神さまをおまつりしました。

以上のことから、伊勢の神宮の御鏡と、宮中の賢所におまつりされている御鏡は、一体にして不可分のものとされ、現在でも皇室の御祖先である天照大御神さまにお仕えする神宮の祭主は天皇陛下のお定めにより皇族、また元皇族の方がおつとめされています。



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